It might be also in the inside /そのなかにも在るかもしれない / 2015

  • video capture

P1000247

 

 

 

WEBSITE: http://sononakanimoaru.strikingly.com/

Heartbeats, memory, speaker unit, silk thread, amplifier, mp3player, projector
H210 x W400 x D1200 cm
@Creation gallery Nihonbashi-Hakozaki (Tokyo) , 23 May - 6 June

The theme of this piece is the resonance of physical human bodies and the resonance of their memories. As Tokyo becomes ever more metropolitan, office towers and apartment buildings grow densely packed, and it becomes harder and harder to see how people live. I have exhibited the existence of those working their jobs inside an office tower, or living their lives inside an apartment building, through their memories and the sound of their heartbeats, as a sound installation that will resonate with whomever views the exhibit.

見ていたモノの見えなかった側面を発見する事と、見えない物を見る事に私達はどれだけ多くの時間を使って来たのだろうか。 私達が生きている環境、時間、歴史、そういったモノに私達は影響されながら表現活動を行っている。それは、ホワイトキューブというある種閉ざされた空間だとしてもだ。オフィス・ビルが立ち並ぶこの街は、その大きな箱の中に多くの見えないモノを隠し持っている。私達は普段、その中には興味を持たない。なぜなら、私達の興味をそそるモノがないと思っているからだ。だが、多くのアーティストがしてきた様に、現代の見えないモノへの興味は私にも存在する。多くのビルの中では、生活をし、人が働いている。その箱に在る、見えない彼等の存在は、私達と同じ何かを持っている。私達はどうやって、それを解き明かせばよいのだろうか?見えないモノの中で動く、多くの躍動を。見えないモノの中に存在する私達と似た人生を。これは、実験と詮索を含む作品なのかもしれない。私は、彼等の肉体の一部を借りる事によって、それを可能にしようとしているのかもしれない。分類された表現でもなければ、見た事のある感覚を表現したものでもない。まだ、私自身にも明確なイメージがつかめぬまま、見えないモノへの、見たいが為の欲求で歩んでいる。ただ、それが可能だと思う不確かな確信が在る為に進んでいる。私は、この作品を創る為に、多くの人から具体的、そしてプライベートな要素を採取する。それは、とてもプライバシーに関係した事なのかもしれない。彼等の内側に隠されたその要素は、彼等の肉体と名前を離れた瞬間から、誰れのモノなのか見分けがつかなくなる。具体的な情報は名前と肉体を離れた瞬間から抽象化される 。彼等の存在を現す要素は、私達の中の分類された、情報に結びつく可能性はあるのだろうか?それは、集団意識とかそういったモノではない。それは、他人の中に自己を観る事に似た感覚なのかもしれない。肉体と情報は皆、違うモノを持っている。だから個人が成り立つ。隔たりのある肉体を捨て、隠された情報を開示する時、私達はどの様な感覚になるのか?それが知りたい為なのかもしれない。